学校図書館の選書システムをこうつくる

    −読まれる本を選ぶためのシステムづくり−

 2000年2月号の「教室ツーウェイ」の、ミニ特集「検証、学校図書館『読まれた本、読まれない本』」を読んだ。現状については確かに一面の真実だと思うが、こんな図書館にしてきた責任は私たちにもあるはずだ。読まれている児童書は、本当にキャラクターものしかないのか。また、漫画を入れさえすれば、問題は解決するのか。魅力ある図書館づくりに成功している学校図書館には、何らかのシステムがはたらいているに違いない。今回は、2年生の読書教材を想定して提案を行いたい。

1.本は、図書館担当者が1人で選ぶこと。(蔵書配分はきちんと守る)                        

 読まれない本を入れたのが誰なのか責任を明確にするシステムを作る。「なんとなくよさそうだから、使うかどうかわからないけど一応買っておく」のは絶対にやめること。確実に読んでもらえそうな本だけを購入するのだ。まずは、大型書店に行って、児童書コーナーで偵察をしよう。親が買う本ではなく、子どもが立ち読みをしている本をチェックするのがポイントだ。読み物教材の予算なんてたかだか33%、2クラスの学級なら250冊程度しかない。セットものをダンボールで買って失敗した責任は誰が取るのか。担当者は、現在ある本が読まれているかどうか厳重にチェックしてから購入すべし。買ってから1年たっても、1回も読まれなかった本は2度と買わないくらいの覚悟を決めてほしい。ただし、漫画ばかりを買うのは、本を知らない者のすることだ。漫画しか買えないようなら、潔くほかの人に担当を頼もう。  

 選んだ本が、必ず読んでもらえるよう、年度当初にシステムを作っておくことが大切だ。時間と場所とおもしろい本の3点セットがそろうように年間計画の提案を行うのだ。「朝の読書」を始めるなり、「出前学級文庫」をやるなり、読み聞かせリストを作るなり打つ手はいろいろある。ノルマを課せられたセールスマンくらいの覚悟をもってやることが必要だ。

2.読み聞かせを行うときは、TOSS道徳の「語り」で。        

 読み聞かせの原則は、聞いている子どものイメージづくりを妨げないこと。やたらと芝居がかったボランティアの読み聞かせは、丁重にお断りしよう。よい本のテキストにはかならずリズムがあるものだ。たまに、紙芝居を作って持ってくるところまであるから、安易に外部の人を頼むと1年間苦労することになる。

3.絵本を選ぶときは、主題に調和した色遣いかどうか確かめる。  

 分析批評では、色は大事な要素である。同じテキストの本でも商業主義が前面に出たような絵本は、テキストの主題なんかにはお構いなしに目立つ色を選んで本づくりをしている。「かわいい」とか、「好み」で選ぶのは、自分のお金で買う本にして欲しい。キャラクターグッズのお店に知性が感じられるだろうか。漫画は漫画、絵本には絵本の役割がある。子どもが出会うはじめての絵画だ。慎重に選ぼう。古臭いなんていうけれど、ミッキーマウスの方がはるかに古い。

4.有名な作品は、比べ読みをしてから買うべし。             

同じテキストの本を数種類比べてから買うくらいで丁度いい。名作は、ダイジェストものや、ひどい訳だが原稿料が安くつくからキャラクターでカバーなんていうものが多い。全集なんかは、売れない作品もセットにして売ろうという魂胆が見え見えのものが結構ある。そういうまがい物をそろえておいて、「名作離れ」は勝手な言いぐさである。「アンデルセン童話集」は幼児の読み物ではない。「きちんとしたテキストが難しいから。」とダイジェストしたものはしょせんまがいもの。本物の感動を与えられるはずがない。テキストを比べるには、他の人に読み聞かせてもらうとよくわかる。模擬授業対決をイメージするとよい。

5.全く自信のないときは、信頼できる専門家を見つけよう       

児童書の専門店に出かけて行ってみよう。棚の本の背表紙を眺めてみて、押しつけがましさを感じたら、さっさと帰ればいい。でも、たいていの場合、一定の水準以上本を紹介したり。一緒に探したりしてくれるだろう。そんな店が近くになかったら、インターネットで児童書専門店にアクセスしてみよう。ブックリストを売っているはずだ。何冊ものリストに必ず載っているようなら、かなり見込みがある。その本が、今も一般のお客さんに売れているなら買って読んでみるといい。何十冊か読んだら子どもに読まれる本の傾向が少しずつつかめてくる。自信がないのに身銭を切って、児童書を買って読もうと思わないなら、もうあきらめたほうがいい。子どもとともに、本を読む楽しみを共有できなければ、できない仕事だ。

6.提案について

 2000年の夏、全国学校図書館協議会の全国大会(奈良)に参加した。「教室ツーウェイ」を読んでいたので、他の学校の現状を広く知りたかった。子どもが本を読むようになるための具体的方策について話し合う場だと思っていた。現実的な、授業案を持っていたのは、私立の小学校の先生1人。あとは、ポ−トフォリオだとかビデオ会議だとかわけのわからない発表のオンパレード。予想通りだったが全国大会でも、やっぱり納得の行く提案はなかった。「どんな本が読まれているのですか。具体的な書名を挙げて、その本のよさを1冊でいいから紹介してください。」と質問したら、実践発表者でさえ「私は読んでいないので」と、平気で答えることがある。嵐の日本海を命がけで乗り越えて、大陸の文化を求めた民族の末裔がこれではどうしようもない。日本の学校図書館はこのまま無料貸し本屋になってしまうのだろうか。図書館は選書がいのちである。図書館の本を読めるようにする技術とともに選書技術の向上をめざしたい。

さて、ここからは、読書教材を選ぶという具体的な場面を想定して述べることにする。

1.発展読書の条件は?

 「スイミー」の後に何を読ませるか?と言われたら、かなりの人が次のように答えるのではないだろうか。

1.動物や魚が主人公の話

2.「協力」や「勇気」がテーマの話

3.自然のすばらしさを書いた話

4.同じ作者の話

教科書には、1と4を考慮したと思われる例が、3冊ほど挙げられている。2と3を入れると選書の範囲が広がりすぎるからであろう。1の例としては、「くまの子ウーフ」(神沢利子)、「にじいろのさかな」(マーカス・フィスター)、そして、4の例としては、「コーネリアス」(レオ・レオニ)である。 では、この3冊が、2年生の子どもにとって最適なのだろうか。これは、誰が考えてもそうではない。だが、文章の程度、印刷の状態、知名度、作者の知名度、価格などの条件から考えて、一応の条件はクリアしていると考えられている本である。だから、教科書にも、この3冊が単なる例にすぎないと、はっきりわかるように書かれている。とはいえ、ここに取り上げられた3冊は、おそらくこれから日本中、どこの小学校の図書室にもそろえられることになる。そして、「教科書に出てくる本」として、この先何年も書店の児童書コーナーの目立つところに並び続けるだろう。

2.絵本知らずの絵本選び 

「なぜそうなるのか?」答えははっきりしている。あなたは、この3冊に代わるべき本を、それぞれの項目について数十冊単位で挙げられるだろうか。失礼だが、大半の方が無理だと思う。子どもの本に関心があっても、年間数多く出版される児童書に片っ端から自分であたってみるような時間もお金も、機会も持ち合わせているような人は、ごく限られた人なのだ。まず、その大半が「プロ」と呼ばれる人たちである。選書というのは、それくらい難しい仕事なのである。

3.プロの仕事、司書

欧米では、司書の資格は大学院でなければ取得できない。本に関するさまざまな専門的知識のほかに、文学や科学、発達心理学などについての幅広い知識と教養が要求されるからである。当然、社会的地位も非常に高い。 「3びきのやぎのがらがらどん」の作者で、3度のコールデコット賞を受けたマーシャ・ブラウン氏は、もともと司書だったが、「読み聞かせたいと思うお話が絵本になっていないので、自分で書くようになった。」そうだ。(1996年の下関市での講演より 文責太田)松岡享子氏や石井桃子氏にしても、子どもとともに本を読む中で、世界中のすぐれた絵本を日本の子どもに出合わせるべく、翻訳の仕事を手がけられるようになってこられた。ところが、我が国ではこの資格をごく簡単な講習で教師に与えている。かくして、選書は、教師の好みに任されるという事態が生じている。おかげで、日本の子供たちは教師自身のわずかな読書経験から行き当りばったりに選ばれた本か、教師自身は読んだこともないが、各団体の推薦図書という帯に書かれた宣伝文句によって、ダンボールごと図書室に運ばれてきた本に、精神生活をゆだねることになるというわけだ。

3.すぐれた絵本とはどのようなものか?

「すぐれた絵本」とは、いったいどんな本をさすのだろうか。これについては、前述のマーシャ・ブラウン氏が、アメリカのザ・ホーン・ブック社から出版された「子どもの本のさし絵画家1946〜1956年」に寄稿した「すぐれた絵本」という文章にわかりやすく書かれているが、端的にいえば、「確かな美意識を持つ大人に成長していくためにふさわしいもの」である。 例えば動物が出てくる本は、子どもにとって親しみやすいが、「どうしてその動物でなければならないのか」あなたが選んだ本は、答えてくれるだろうか。「くま」が出てくる絵本は非常に多いが、それが犬であってもかまわない本のほうが多いのではないだろうか。 動物に対するイメージは、それぞれ民族によって異なっている。その国の歴史や宗教、自然などの条件が、その民族のくらしに影響を与えるからだ。例えば、熊を食用とする民族と、神の化身としてあがめる民族の間では、語られる物語が違って当たり前なのだ。民族としてのアイデンティティを動物に置き換えて神話にした例はいくらでもある。 一方で、動物の姿を借りて登場してはいるが、明らかに人間の性格を動物の特性に置き換えた作品もある。こういう物語は、こどもたちに、さまざまなタイプの人間との付き合い方を教え、トラブルを回避させるのに役立っている。子どもの本を選ぶということは、子どもが世の中で生きていくための価値観を選ぶに等しい行為なのである。

4.司書教諭の仕事

 学校図書館法が、半世紀ぶりに改正されて、学校図書館には司書教諭を置かねばならないことになった。そこで、どこの学校でも資格を取りたい人を募り、数日間の講習で即席の司書教諭を要請していると聞く。蛇足ながら、司書と司書教諭のちがいについて、ここでひとこと書いておくことにする。 司書というのは、出版された本の中から、すぐれた本を選び出し図書館に配架し、管理してそれを紹介するのが主な仕事である。本の質について、出版社に厳しい要求をつきつけるだけの見識が要求される本のプロの仕事である。司書教諭というのは教育課程について精通し、各校の指導計画上どんな本が必要であるか、また、その本をどのように使っていくのかを司書に伝えるとともに、司書から得た本の情報を教諭に伝え、円滑な教育活動が行われるようにするのが仕事である。あくまで教育課程の範囲で本の知識を要求されるであるから、本に関する知識よりも教室の中で、本を使った授業がやれることが優先される。 ただし、今この両方を置いている学校図書館はごくわずかである。たいていの場合、この2つの仕事を兼任しているし、ひどいところは、担任しながら一人三役を務めている。私もまた、そのひとりである。ということは、ある程度、司書教諭が司書の部分をカバーしながら仕事をしないと、図書室は貸し本屋状態になってしまうわけだ。 とはいえ、子どもにとってはどちらであれ大した差はないわけで、図書室に自分の欲しい本をそろえていてくれて、手渡してくれる大人がいることこそ重要なのである。 子どもは、相手が本の事を知っているかどうか本能的にわかるようだ。私が図書室にいると、初対面の子でも「何かおもしろい本な―い?」とききに来る。かならず、「かわいそうな動物の話」とか、「はらはらする冒険もの」とか、注文をつけながら。わたしは、そういうジャンルの本を思い浮かべ、目の前の小さな読書家に満足を与えられる本があれば手渡し、役不足な本しかなければ、探してみることを約束するようにしている。

5.図書館担当者の資質

わたしは、子どものころから本が好きだった。11歳の夏休みに、スタンダールの「赤と黒」(岩波文庫版)を読んだのだが、学校に感想文を出したら母親まで呼び出されて叱られた記憶がある。昔は児童書の数が少なかったので、図書室の本などすぐ読んでしまっていたのだ。しかたがないので大人の本でもなんでも読み漁っていたのだが、「ちゃんとした本をそろえもせずに、図書室にあった職員用の本を読んだからといって叱るなんてあんまりだ。」と思ったのを今でも覚えている。その反動か、今でも自宅には1000冊程度の児童書がある。児童書というジャンルの本が好きなのである。(もちろん他のジャンルの本もあるが)おかげで、自分の学校の図書室くらいなら、どこにどんな本が置いてあるかはわかるし、どんな本を買えば読まれるかもある程度わかっている。だからと言うわけでもないが、私は、新採以来ずっと図書館担当者を務めてきた。司書教諭の資格もある。だが、学校の中でこういう、私の仕事を本当に理解しているのは子どもだけである。教師の大半は、図書館担当と言えば、図書室中に、模造紙おばけを張り巡らし、本の整理をして貸し出し業務をする役だと思っている。選書を職員のお買い物ツアーにしているなんていう学校は、校長を当番制でやろうというのと大して変わらない 教師が、子どもに本を手渡す上で、書店の店員よりすぐれている点といえば、おおかたの場合、「子供の生活を理解している。」という一点に尽きる。本のプロでないわれわれが仕事をしていく上で、良い本を選ぶ目を持った児童書専門店の店主は強力な助っ人である。ただし、複数の店主と付き合っていかないと、自分の学校の図書館が、書店の出店になってしまう可能性がある。書評や、各団体の賞についてはついては、かなり注意が必要である。欧米のように、かなりの水準の司書が養成されている国でさえ、たまに首を傾げるような作品が、高名な賞を受賞していることがある。まして、日本においては、児童書が一般に行き渡るようになったのは、たかだか40年くらい前のことに過ぎない。読書感想文の指定図書選定のからくりを知っている者なら、それだけで判断することの危険性を十分承知していなければなるまい。これまた、複数の書評を参考にされることをお勧めする。1つの選択肢として、学校図書館協議会が推薦している程度の本なら、内容はともかく乱暴な言葉遣いや、誇張された表現、盗作や極端な商業主義からは守られていると言って良いだろう。もうお分かりだとおもうが、司書教諭というのは、2万冊程度の図書の中から、「あなたにはこれがいいと思う。」と手渡せる人でなくてはつとまらない。この大変な仕事をやろうという人は、「本を子どもに手渡すことを趣味にできる。」そういう人である。公費だから、自分の好きな本を買うのではなく、「身銭を切って買った本があまりにもおもしろいので、子供たちにも読ませたい。」と、いう発想がいるのだ。TOSSの先生方なら、ごく自然に賛同していただけることと思う。本の専門家である司書と教育課程の専門家である司書教諭が両方いる図書室ができたとき、楽しみとしての読書も調べ学習も実効性の高いものになっていくだろう。だが、いまのところは担任兼務の司書教諭が、唯一の図書館担当者としてふんばりつづけるしかないのである。

6.児童書選びに必要な条件

さて、ずいぶん回り道をしたが本題に移ろう。読書のための児童書(とくに絵本)に必要な条件とはいったい何か。残念ながら1から4のようなものは全く問題ではない。ここに、いくつか挙げてみよう。

1.       子どもの生活経験の範囲で、内容が理解できること。

2.       登場人物の性格がくっきりとえがかれ、それぞれの人物像が、かき分けられていること。(生きた個性があるか)

3.       読んだ後、安定した精神状態になれるもの。(往きて復りし物語)

4.       絵とテキストが調和していること。(主題に調和した色づかいがなされているか…分析批評で考えるとよくわかります。)

5.       価値観が前面に出すぎて、お説教臭くなっていないもの。

6.       挿し絵が絵としても美しいこと。(水彩や石版多色刷り、木版多色刷り、ペン画などのうちからもっともふさわしい手法を選んでいること)

7.       民族の特性が素直に描かれているか。(民族の違いを、それぞれのよさとして表現しているか)

8.        品の良いおおらかなユーモアが盛り込まれていること。

9.  テキストの文章にリズムがあり、お話を語るのにふさわしい日本語で書かれているか。

ざっと、考えてもこのくらいの条件が思い浮かぶだろう。

7.どんな本がおすすめ?(2年生)

 これだけ厳しい条件を並べると、「そんな本あるの?」と不思議に思うだろう。そう、あるのだ。その中から2年生くらいを想定していくつか紹介してみよう。

1.        おばかさんのペチューニア (ジョン・バーニンガム作 童話館出版)

2.        マリールイーズいえでする (N・S・カールソン 作 童話館出版)

3.        ずどんといっぱつ−すていぬシンプだいかつやく− (ジョン・バーニンガム作 童話館出版)

4.       チムのいぬタウザー   (エドワード・アーディゾーニ作 福音館書店)

5.  絵本 グレイラビットのおはなし (アリソン・アトリー作 岩波書店)

6.  ぺニーさん        (マリー・ホール・エッツ作 徳間書店)

7.  バラライカねずみのトラブロフ (ジョン・バーニンガム作 童話館出版)

8.       ライオンとねずみ  (リーセ・マニケ作 岩波書店)

9.     ポルコさまちえばなし ‐スペインのたのしいおはなし‐        (ロバート・デイヴィス文 岩波書店)

10.    きつねものがたり   (ヨセフ・ラダ作 福音館書店)

11.  うさぎたちのにわ    (レオ・レオニ作 好学社) 

 おおよそこのあたりであろうか。ただし、読書のレベルというものは、その子の読書歴にひどく影響を受けるものであるから、1と5では、同じ絵本でもかなりのレベルの開きがある。しかしながら、例題から難問まで用意したと考えれば、それはさして問題にならないはずである。要は、子供たちの周りにこういう本が、いつでも用意されていてそれを助けるおとながいるということが重要なのである。

8.なぜ翻訳ものか 

これらの本を眺めて、翻訳ものばかりだという人がいるかもしれないので、一言付け加えておく。これらの本の訳者は、大塚勇三、内田莉沙子、三木卓、松岡享子、瀬田貞二、石井桃子、中川李枝子、渡辺茂男といった、教科書でもおなじみの絵本作家たちである。つまり、これらの絵本がすぐれているという大きな理由のひとつは、テキストとしての日本語が美しいからだということは、納得いただけたであろうか。残念ながら、日本の児童書には、こういう作品群を超えるものはほとんどない。嘘だと思ったら、大きな書店や出版社で「ロングセラー」になっている児童書の名前を聞いてみると良い。教科書に載っているわけでもないのに、売れ続けている本には、売れるだけの理由が存在するのである。

9.良い絵本の魅力

 それでは、2年生のおすすめ本の中から、1冊を取り上げて、具体的にどんなところがいいかを紹介してみることにする。

「ペニーさん」は、1935年に出版されたマリー・ホール・エッツの初めての絵本である。エッツといっても知らない人も多いかもしれないが、「もりのなか」「わたしとあそんで」「海のおばけオーリー」「クリスマスまであと九日」「赤ちゃんのはなし」等をかいた絵本作家だ。ペニーさんは年をとっていて、おまけにとても貧乏。いまにもこわれそうな小屋で2羽の鶏と、5匹の動物と一緒に暮らしている。この動物たちときたら、ペニーさんにしてもらいたいことはたくさんあるけれど、自分が役に立とうなんて気はまるっきりない。それでもペニーさんは、この大家族を養うために毎朝、町の工場へはたらきにいっている。ペニーさんのあたたかな人柄は、表紙の「これがペニーさんです。」とかかれた笑顔の肖像画からつたわってくる。 ペニーさんの語るひとこと一言は、貧しさの中でもちっとも揺るがない慈愛に満ちている。はたからみれば、自分勝手極まりない動物たちだが、どこのクラスにもいそうなやんちゃ坊主や、面倒くさがりの女の子、ええ格好しいだけど、いざとなったらちゃんと皆の面倒を見るお兄ちゃんタイプなどが動物の姿を借りて、そこにいるようだ。ためしに、1つのせりふを読んでみるといい。きっと誰が言ったかすぐにわかるだろう。 事件の起こり方も、この動物たちの性格からすれば、当然のようにありうることで、作り事のいやらしさがちっともない。子ども達に読み聞かせていると、「ほーら、いわんこっちゃない。」という表情で聞き入るシーンである。 動物たちが仕事の相談をするシーンにしても、「つぐない」だとか、「責任」というより、「こうなったら、やるっきゃないよね。」というニュアンスなのだ。そして、実際に働いている様子ときたら、いくら新月の夜と言ったって真っ黒に塗ってあって、「これは、動物たちがおとなりさんの畑で働いているところです。」と、小さな字で書いてあるだけ。なんとも、とぼけたユーモアのある作品である。 そして、この仕事を通して動物たちは、新しい、意外にも仕事好きな自分を見つけて成長していく。幼い子が、人の役に立つ喜びを知り,本当の家族らしくなっていくようすと重なるのだが、これまた、「あたし、はたらくのすき!おもしろいもの!」「おれも」と,いった調子で、ごくさりげない。 低学年の子ども達は,この本が大好きである。自分はどの動物に似ているかな、なんて思うのか、それぞれにごひいきがあるようだ。こういう本が、こどもの周りにあり、大人がそれを使ってお説教しよう等と思わなければ、こどもたちはペニーさんの生きざまから、たくさんのことを学ぶに違いない。読み聞かせをするときは、TOSS道徳の授業の淡々とした語りのもつ力を思い出して欲しい。

10.終わりに

今回この論文を書いたのは、平たく言えば、私の図書館人としての経験則が、役に立つのかどうか知りたかったからである。「我流を廃し、法則の名にふさわしい技術を見出していく」のがTOSSの主張ならば、私もまた、児童書を選ぶ技術といったものを探っていくための戦列に加わりたいと思う。今回、絵本を中心に取り上げたのは、児童書の範囲を狭く限定するためである。次回チャンスがあれば、事典や図艦、学習漫画、実用書などについても私見を述べてみたいと思う。

11.資料 ・引用文献

「すぐれた絵本」 マーシャ・ブラウン文 山本まつよ訳 子ども文庫の会

「絵本とは何か」 松井直       日本エディタースクール出版部

「学校図書館基本図書目録」(年刊)   全国学校図書館協議会編・刊

「えほん 子どものための140冊」   日本子どもの本研究会編・刊 一声社

「えほん 子どものための500冊」     日本子どもの本研究会編・刊 一声社

「カラーもくろく・よい絵本」       全国学校図書館協議会編・刊

「ノンフィクション 子どもの本900冊   日本子どもの本研究会編・刊 一声社

「いま読む100冊−海外編・児童文学の魅力」   児童文学者協会編  ぶんけい

「たのしいおはなし−お話を子どもに」    松岡享子 日本エディタースクール出版部

「えほんのせかい こどものせかい」     松岡享子 日本エディタースクール出版部

「昔話絵本を考える」  松岡享子      日本エディタースクール出版部

「絵本をみる眼」 松井直          日本エディタースクール出版部

「絵本を読む」  松井直          日本エディタースクール出版部

「絵本の現在 子どもの未来」松井直     日本エディタースクール出版部

「本はこうしてつくられる」     アリキ作・絵 松岡享子 訳 日本エディタースクール出版部

「絵本の魅力」  吉田新一                   日本エディタースクール出版部

「絵本の与え方」 渡辺茂男                   日本エディタースクール出版部

「幼年文学の世界」渡辺茂男                   日本エディタースクール出版部

「たのしいお話 お話−おとなから子どもへ子どもからおとなへ」   東京子ども図書館編  

日本エディタースクール出版部

「子どもが孤独でいる時間」  エリーズ・ボールディング著    松岡享子訳 こぐま社

「こども・こころ・ことば −子どもの本との二十年−」  松岡享子訳 こぐま社

「サンタクロースの部屋 −子どもと本をめぐって−」 松岡享子訳 こぐま社

「アメリカ黄金時代の絵本作家たち」

ロバート・マックロスキー、マーク・シーモント、マーシャ・ブラウン、バーバラ・クーニ−  1996年来日記念パンフレット

「物語とふしぎ」 河合隼雄                岩波書店

「昔話と日本人の心」河合隼雄              岩波書店

「児童文学論」リリアン・H・スミス         石井桃子 瀬田貞二 渡辺茂男 訳  岩波書店

「絵本を語る」 マーシャ・ブラウン         上条由美子 訳 ブック・グローブ社

「絵本図書館−世界の絵本作家たち−」      光吉夏弥 ブック・グローブ社

「子どもと学校」    河合隼雄         岩波新書

「読書を教室に」(小学校編)      府川源一郎・長編の会 編  東洋館出版

「学校図書館入門 −子どもと本と教育をつなぐ」 黒澤浩編著 草土文化

「新学校図書館入門−子どもと教師の学びを支える」 黒澤浩編著 草土文化

「本・子ども・図書館」  全国学校図書館協議会編・刊

「季刊 子どもと本」                  子ども文庫の会

「理想の児童図書館を求めて  トロントの『少年少女の家』」 桂宥子 中央公論社

「昔話の深層」     河合隼雄       福音館書店

「昔話と文学」 野村 滋 白水社

「昔話の魔力」    ブルーノ・ベッテルハイム 波田野完治 乾侑美子 共訳 評論社

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